Special Interview
「風雅の表現者たち」
~ 私流ELEGANCE ~
〈vol.1〉大谷美香さん(華道家)
上質な日本の美や文化を支え、唯一無二の“エレガンス”な生き方を体現する〈風雅の表現者たち〉。記念すべきインタビュー第1回目は、華道家、大谷美香さん。「花を生ける楽しさや日本の良き文化を、若い世代や世界へと広げたい」そんな生け花への想い、そして表現者としてのエレガントな生き方についてお聞きしました。
海外に出て芽生えた、
和への探究心
生け花を始めようと思った最初のきっかけが、実は大学生時代に行ったイギリス留学。海外に行くと日本のことを色々と聞かれるのですが、私はうまく話すことができず…。日本人として、自国の文化をしっかりと理解することの重要性を改めて実感しました。元々和のものは好きで、高校時代は茶道部、大学は箏曲(そうきょく)部で箏と三味線を弾いていたのですが、ふと「私、華道をやってない、一度きちんと習ってみたい」と、その時は何も考えず、近所にあった教室へ行ったのが最初のきっかけです。
教室の先生がたまたま草月流生け花だったのは、今思えばすごく幸運だったと思います。草月流は、型に縛られない生け花なので、作風を限定せず花を通して自由に表現してよいのです。その自由なスタイルが私にとても合っていたのと、とにかく先生が何をしてもすごく褒めてくれる!行くたびに褒められると気持ちよくて楽しいですし、お花を生けるのがどんどん好きになりました。「みなさんに、気軽にかつ自由にお花を楽しんでほしい」という想いを持ったのも、草月流を選び、先生と出会えたことが大きかったですね。
広告クリエイターから華道家へ
元々雑誌の編集者や広告のクリエイターをしていたので、インテリアやお料理撮影の時は自らお花を生けて、スタイリストのような仕事を行ってはいました。ただ、あくまで仕事の一部。「いつかお花だけの仕事で働けたら、どれだけ楽しいだろうな」と心のどこかで思いながら、将来いつかは叶えたい夢という感じで、ずっと先延ばしにしていました。
そこで起きたのが東日本大震災。「人間はいつ死んでもおかしくない」「残された一人として、人生をもっと意味のあることに使いたい」と考えるきっかけに。人っていつか、いつか…と思っているときは、いつまでたってもやらないですよね。だからこそ覚悟を決め、今までの仕事をスパッとやめて、お花の仕事を本業にしようと決意。ゼロからのスタートでしたが、自分の教室を開き、華道家としての活動を始めました。
無限大の魅力を伝える、
新たな挑戦
映像作品の装花を担当するようになったきっかけは、2017年の映画『3月のライオン』。美術担当の方が私の作品をWEBで見つけて声をかけてくれたのが最初です。それ以来ドラマや映画の装花を手がける機会が増えました。
印象に残っている作品はたくさんあるのですが、中でも映画『るろうに剣心』は、自身が作品として大好きだったこともあり、携われるのは感無量でしたね。特に、新田真剣佑さんが演じる雪代縁が、主人公の剣心に復讐をするシーンでのこの生け込みは印象に残っています。復讐することだけを考えて生きてきた雪代縁の憎しみ、「あいつを殺してやりたい」という負の想いを花に表現するのがお題だったので、まずは血の雨を降らせたいと、2mほどのしだれ柳をすべて赤く着色。両側からダイナミックに垂らして、血が流れている様子を表現しました。
ドラマでは『高嶺の花』が、忘れられない作品。4ヶ月間、あんなに寝ないで、というか寝食を忘れて狂ったように昼夜花をいけ続けたのは、先にも後にもあのドラマだけです。キャストの皆さんへの生け花指導に加え、全編にわたり映像中のすべての生け花を作り、その数は最終的に174作品にも及びました。その中でもインパクトが大きかったのが、高さ4メートル、幅15メートルの巨大作品。赤く着色した竹50本以上を使用した大掛かりな生け込みは、制作に1晩徹夜、撮影に1晩徹夜という、ハードなスケジュールだったのも思い出深いです。
心を整え、自由に自分らしく
今日始めた人でも、30年以上やっている人でも、経験に関わらずどんな方でも楽しめるのが生け花の良さ。草月流の初代家元・勅使河原蒼風先生の言葉に「花と、語りつついける」という言葉があります。花をいけている時って「どういけようかな」と花と対話している状態になるので、他のことをすべて忘れて邪念がなくなるのですが、これって実はヨガや瞑想などと似ている気がします。生け花って不思議で、元気がない時にいけると、元気がない花になるし、楽しい気持ちでいけると、楽しい花になる。その時々の自分の心が反映されるので、「あ、私、今あまり元気がないな」と気づけるからこそ、自分との対話につながり、心を整えられるように感じています。
華道と聞くと「畳で正座させられそう…厳しそう…」というイメージを持つ方も多いかもしれませんが、私はとにかく気軽に生け花を楽しんでほしい。カフェに行くような感覚で教室に来てほしい。と考えているので、自由な雰囲気づくりを大事にしています。
堅苦しい空気にならないよう、私自身のファッションもカジュアルなものが多いですね。こういう作業時に持つバッグも、通常暗めの色使いが多いのですが、明るい色の方が華やぎますし、生徒の皆さんにリラックスして楽しくいけてほしいので、雰囲気が明るくなるオレンジをチョイスしました。
そもそもこういう生け花の鋏を入れるための鞄って、実はあまりありません。大工さん用の腰袋だとスタイリッシュさに欠けるし、美容師さんのシザーケースだと生け花用の鋏には不向き。そんな折、出会えたのが今回作っていただいた「ポマンダーバッグ」※でした。その名の通り、元々は香水を持ち運ぶために仕立てられたバッグなのですが、シザーケースにまさにピッタリのサイズ感と、革製品だからこその強度もあり、セミオーダーで自由に素材やカラーが選べたのがうれしい点でした。鋏をそのまま入れるため頑丈さも大事にしたく、すべて革素材で統一し、スタイリッシュさとタフさの両方を叶えられました。自分にぴったりのものが手に入れられるのは、オーダーメイドならではの魅力ですね。
職人の想いが、力をくれる
身に着けるものや、家具などを選ぶ際に大事にしているのは、作った方の想いがしっかり詰まったものかどうか。工場で大量に作られたリーズナブルな製品は世に溢れていますが、私はバッグひとつでも、職人さんが一生懸命作られたものを使いたい。隅々までこだわって真摯に作られたものってシンプルに、使っていて気持ちがいいですよね。作り手の温かみや想いがこもったアイテムは、身に着けているこちらも力がもらえる気がします。まさにゲン担ぎのような感じ。気持ちがシャキッとしてくるのです。
海外でも数多く仕事をしていることもあり、日本で作られた物の良さを世界に伝えていきたいので、日本製のものが好きです。作り手の顔が見えると安心感もありますし、そのストーリーを感じることができると、物を長く丁寧に使うことにもつながります。もちろん大量生産されたものより高額になってしまうので、手に入れることをためらってしまうかもしれません。でも一品だけ小さなアイテムでもいいので、本物を手にする経験を一度でもしてみるのも良いと思います。
美しさの裏にある、
真のエレガンス
華道家って飄々とスマートに生きてるようなイメージをお持ちの方もいるかもしれません。実際はインパクトドライバーを使ってる姿などは、まさに大工さん(笑)。ドロドロになりながら大きな木材や流木を使ったり、実は泥臭くやる仕事です。でも、出来上がった作品は、まさか陰でそんな風に作られてるとは微塵も感じさせない、エレガントな仕上がりに。
どんなお仕事もそうですが、人に見せている部分がエレガントであればあるほど、陰ではみなさん大変な思いをしたり、血のにじむような努力を重ねていると思います。まさに木や植物も同じで、表面上はきれいに花を咲かせているけれど、その下の見えない部分ではしっかりと強靭な根っこが張っている。そこの部分がないと決して美しい花は咲きません。出来上がったものの美しさや優雅さの裏にある、泥臭い努力や確固たる想い、そしてこだわり。そうしたしっかりと根を張ったものにこそ、本来のエレガンスを感じます。
“ハクナ・マタタ”で、
人生を愉しんで
伝統的な技を踏襲しながらも、革新を取り入れ、今の時代を生きる花、それが生け花。その無限大の魅力を、あらゆる場所で伝えていければと考えていますが、まだまだ「生け花って床の間に飾る花なんでしょ」と言われます。「生け花ってこんなに楽しいんだ」と、一人でも多くの方に発見していただくために、映像作品の装花だけでなく、メディアへの出演、YouTube発信など、経験のないことでも、どんどんチャレンジする、それが使命だと思っています。
人生は一度きり。誰もがそうですが、明日のことなんてわからない。だからこそ生け花に限らず、とりあえず興味を持ったものは、いつか…と思わず、すぐにやってみたいと思っています。人間なんて完璧じゃないから失敗してもいいし、 やってみて多少気に入らなくても「ハクナ・マタタ(ま、いっか)」でいいのではないかなと。それよりも、今、この時間を後悔なく生きて、人生を愉しみたいと考えています。
2022.6.10
MIKA OTANI(大谷美香)
草月流一級師範理事。1990年草月流入門。初代蒼風家元の直門・故富田双康先生に師事。生け花教室「アトリエ双香」を主宰。映画・ドラマ・舞台での装飾も数多く担当し、国内だけにとどまらず世界で活躍中。そのイノベーティブで芸術的な表現は多くの見る人の心をつかみ、新しい日本文化の真骨頂といえる。