Special Interview
「風雅の表現者たち」
~ 私流ELEGANCE ~
〈vol.2〉川井郁子さん(ヴァイオリニスト、作曲家)
上質な日本の美や文化を支え、唯一無二の“エレガンス”な生き方を体現する〈風雅の表現者たち〉。第2回目は、2020年にデビュー20周年を迎え、ますます進化を遂げるヴァイオリニストの川井郁子さん。演奏家としてだけでなく、作曲家としても映像や舞台作品の音楽を手掛けるなど、幅広く華やかなキャリアを築く、そのエレガントな生き方についてお聞きしました。
自分らしい音楽を探し求めた時代
ヴァイオリンとの出会いは6歳のとき。偶然ラジオから聴こえてきたヴァイオリンの音色に心がときめき「自分も弾いてみたい!」と思ったことがきっかけです。それからはずっとヴァイオリンと共に歩む人生ですが、今の自分のスタイルにたどり着くまでは、紆余曲折がたくさんありました。最初のころはクラシックだけを演奏していたので、誰かが作った楽譜通りの理想に向かっている感覚があり、「同じ曲を同じように弾くアーティストが世界中にいるのに、自分というヴァイオリニストが演奏する意味があるの?」という虚しさに陥ったことも。
その頃の私はイギリスでデビューの機会をいただいて活動していたのですが「自分にしかできないもの、私らしいものをやらなければ意味がない」という考えが強く、「これは他の人でもいいのではないか」と思ってしまい、自分を一番表現できるジャンルを探して悩んでいました。
ピアソラとの出会いで
一気に道が開けた
悩んでいた時代に大きな影響を受けたのが、タンゴの革命児といわれるアストル・ピアソラの作品。タンゴをもとにクラシックやジャズなど、さまざまな要素を融合させた独自の音楽なのですが、初めて聴いたときには、とにかくそれまで感じたことがないような衝撃!「こんな道があるんだ」と答えをもらったような気持ちに。
それまでは、どれかのジャンルを選び、こう弾かなくてはいけないというゴールに自分を近づけていくのが演奏家だと思っていたのですが、ピアソラとの出会いをきっかけに、クラシックだろうがジャズだろうが自分の音楽のジャンルを作るのは自分自身。ジャンルや周りの意見にとらわれず、私だからこそできる音楽を作りたいと思うようになりました。
実はその考えに至る前は、ステージに出る際は毎回、緊張というか怖いという思いだったんです。クラシックのようにお手本がある演奏は、お客さまも全員が審査員のように感じてしまうこともありました。それが、自分の音楽を始めてからは、あんなに緊張した舞台が、自分が一番楽しみたいという気持ちに変わり、演奏への向かい方が180度変化。音楽が自分を表現するツールに変わったのは、アーティスト人生の中でとても大きな変化でした。
新たな自分を発見した
舞台との出会い
今までの経験で一番印象深く、新たな自分が開花したのは、寺山修司さんの音楽舞台『上海異人娼館』に立たせていただいたこと。それまではコンサートでの演奏経験しかなかったので、最初は正直「なんでこんな大変なことを引き受けてしまったのか」と悩む日々。それがいざ舞台に立ってみると……味わったことのない最高の感覚で演奏することができ、涙が出るほどの感動でした。心配していた周りの方々もびっくりして「今まで本心を隠していたの?」なんて言われたり(笑)。
役を演じながらヴァイオリンを弾くことは、ただ演奏するのとは違う高揚感があり、自分でも驚くほど音楽と一体化できたような衝撃が走りました。未経験でも恐れず挑戦したからこそ、新たな自分に出会えたのだと思いますし、悩みながらも思いきってお引き受けしてよかったです。
和洋融合のきっかけは尺八の音色
和楽器は、2ndアルバムの『ヴァイオリン・ミューズ』以降、ほとんどのアルバムで取り入れています。実は、和楽器を取り入れた曲を作ろうと考えたことも和楽器と共に演奏したこともなかったのに、アレンジをしていた際「ここのサビの一番大事なメロディは、尺八の音しかない!」と急に舞い降りてきて。そこから和太鼓やお琴、篠笛など、和の音が次々とひらめき出し、表現できる世界が一気に広がって私の音楽には欠かせないものとなりました。最初になぜ尺八の音がひらめいたのかは自分でも不思議だったのですが、後から私の祖父が昔、尺八を演奏していたと聞き、私の中に眠っていた何かを呼び覚ましてくれたのだと思っています。
作曲で大切なのはひらめき
外出中や移動中に曲がひらめくことも多いので、思いついたときにすぐに書き留めておけるよう、バッグの中にはメモ帳や五線ノートを必ず持ち歩いています。スマートフォンのメモ機能も時々は使いますが、音を思いついた時にはメモの方が書きやすい。ささっと音名やコードを書いておけますし、手書きの方が、イマジネーションが広がる感覚があります。移動中に欠かせないもう一つのアイテムは耳栓。どうしても音に敏感な分、音が聞こえると休まらないので、新幹線などで移動をする際には必ず耳栓をしています。
仕事柄、移動も荷物も多いので、バッグを選ぶ際は見た目だけでなく機能性も大事。1年以上使っているメゾンレクシアのバッグ※は、すごく丈夫で収納力もあるのにとても持ちやすいので、スーツケースとこのバッグのセット使いでヘビロテしています。私の場合ちょっとした重みの違いが、腕の疲れにつながってしまうので、軽さも大切です。
デザインを選ぶ際のこだわりとしては、汎用性を重視。気に入ったら同じものを長く使う性格なので、どんなシーンにもお洋服にも合うというのがポイントです。この孔雀の羽模様とロゴを文様にした鮮やかなPAVO柄は、インパクトがあってコーディネートのアクセントになるし、どんなスタイルにも馴染むシックさもあるので重宝しています。
エレガンスとは、
恐れずに自分の心に正直なこと
昔は自分の演奏に自信が持てず、自分らしさを見つけられない時代もありました。そこからピアソラに出会い、クラシックからオリジナルへと境界を越え、音楽舞台や作曲にも挑戦していく中で、ようやく自信を持てるように。「人の意見よりも、自分の思いに従うことが大事」と思えるようになるまで、20年くらいかかりましたね。
私自身が人一倍、他人の目を気にするタイプだったからこそ、人の意見に左右されたり凹んだりする気持ちはわかります。だからこそ言えるのは、恐れずに自分のことは素直に表現していいということ。人はそこまで他人のことを気にしていませんから。人が惹かれるのはやはり自分に素直な人。「自分が良いと思えたら、いいんだ」と自信をもち、自分を認めてあげられる人が魅力的だし、エレガントだと思います。
既存のイメージをくつがえし、
新しく、自由に
なぜか日本では、ヴァイオリンって堅苦しい音楽のイメージを持たれているように感じます。しかし世界的に見るとアルゼンチンタンゴやカントリーウエスタンなどでもお馴染みの、本当に幅広い音色を持つ面白い楽器。だからこそ、和楽器との組み合わせでもまったく違う顔、新鮮な表情を魅せてくれるので、もっと自由に聴いていただきたい。和楽器についても同様で、イメージをくつがえすコラボレーションによって「こんな音楽もあるんだ!」とぜひ知っていただきたいです。
その第一歩として、今年はかねてよりの念願だった、西洋楽器と和楽器による特別編成のフルオーケストラ「響(ひびき)」を結成。ピアソラが新しい音楽を開拓したように、ヴァイオリン=堅い音楽というイメージをくつがえし、先入観無しに聴いていただけるような、まったく新しい音楽をつくり上げていきたいと考えています。同時に、「響」が若手の奏者たちにとって、新たな表現に出会い成長する場、そして世界へと羽ばたく機会になればと願っています。
2022.10.03
IKUKO KAWAI(川井郁子)
ヴァイオリニスト、作曲家。東京芸術大学卒業。同大学院修了。現在、大阪芸術大学教授。国内外の主要オーケストラをはじめ、世界的アーティストなどジャンルを超えた共演も多数。TVや映画、CMなど幅広い作曲も手がけ、第36回日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。2022年には西洋楽器と和楽器からなる和洋混合オーケストラ「響〜ひびき〜」を結成。Bunkamura オーチャードホールでの20周年記念コンサートで初演し、絶賛された。